今年も、毎日よろしく!相棒!!
〈事故りませんように〉
7時27分。
正月休みロスタイム1日目、小回り乗車から帰還。
復路で紀州路快速に乗ったんですが、満席でした。
8時40分。
何だかね、地震のニュースとか見てると、出かける気も減ってるんですが、家にずっといるのもなんなので、ミニツーリングに行ってきます。
10時41分。
相方は、NHKラジオの『ラジオで声をとどけよう』。山カフェの枠でいつもの山本志保アナが、石川地震で被災した人への全國からの声を届けると。
鉄旅音旅は録音で、特に流せない箇所をカットしてる感じはなかったかな?でも、千葉の関係で災害のない1年をって話のときは、ドキッとしちゃいました。
北陸新幹線関係の話をしてた可能性は十分あるかもしれませんが、あっても編集し直してるでしょうね。
西向日の激安新鮮市場。
道中の業務スーパー的な雰囲気のところで、スーパードライの最小チビ缶、購入。
流石に初詣で手ぶらでは行く勇気ないです。
11時07分。
ですよねー。
今日のメイン目的は、初詣なんですが、サブ目的は、ハイライト食堂・御池店・・・だったんですけど、新年の営業は惜しくも今日の17時でした。
他にも食べに来ては帰る人が3人ほど居ました。
〈やったー、営業中!!(営業してない)〉
11時25分。
ハイライト食堂を諦めて、蚕ノ社。
流石に夕焼けごっこさんと来たばかりなので迷わず。
〈ほどほどに賑わってました〉
3本脚鳥居の宇宙パワーと金運アップを祈願して。
流石に、ある程度は有名なところなので、ちょいちょい参拝の人居ました。
〈慣れれば分かりやすい〉
11時41分。
次の目的地に向かうところですが、完全昼時になる前に昼ご飯を探さねばと、検索すると、蚕ノ社から目と鼻の先に美味しそうな洋食屋さんが。
洋食のチコレさん。
開いてますねー。
〈住宅街の可愛いお店。これは、近くなら来たくなる(ゴローちゃん)〉
〈ご主人はいかつめ?〉
土曜日は日替わり定食(1250円)はやってないとのことで、他の組み合わせメニューで1500円払うならと、ご主人オススメの全のっけのチコレ定食(1700円)に決定。
まぁ、金運アップを祈ったところですし、とりあえず、昨日一昨日は幸先の良い株のスタートを切った(多分、みんなそう)ので、奮発しましょう。
そして、期待通りというか、ボリュームも抜群で、ミニステーキと特製ソース、ポークカツ、ハンバーグ、カニクリームコロッケ、エビフライ、チャーシュー(?)と、全てのおかずが、ちゃんと気合の入った洋食専門店クオリティで、非常に幸せな気分でごちそうさまとその感想を伝えました。
〈年始から上質な洋食を食べてしまった〉
もし今日が開店初日なら、けんちーが今年最初のお客の可能性もありますしね。
12時45分。
R9に復帰して、西へ。
老ノ坂トンネルの入口脇から殺人があったと噂されるラブホテルの廃墟を横目に、酒呑童子の首塚大明神へ。
〈車の往来の激しいR9のすぐ脇なのに〉
〈往路は登りだから廃墟の中に目が行かないようにできるんですが、帰りは濡れた下りなので意識がどうしても廃墟に行きがちで怖い〉
いや、近くにはちみつ工房とかもできてて、10年前に比べたら漂う異様な雰囲気は全然減ってるんですけども・・・ここに来て小雨がぱらつき始め、やっぱり一段雰囲気は違いますね。
〈良かった、混雑してないや〉
とはいえ、もう毎年お参りさせてもらってるので、普通に参拝しまして、アサヒスーパードライのチビ缶もお供えさせていただきました。
〈お邪魔します〉
〈!?〉
もちろん、他にもお酒は供えられてるんですけど、ここに鬼ごろしって、正しいのか逆なのか。
〈山から降りた途端に雨やんで晴れてきた〉
14時47分。
西国街道で、原付的には安全に南下してきまして、南摂津のラ・ムーへ。
自分用にジャンボチキンカツとしばらくもたせるデザートとしてメガミルクケーキを買ってきました。
16時15分。
ミニツーリングから帰還。あー、寝るな。
18時37分。
報道特集はもちろん、一番被害の大きかった石川県能登半島の輪島から。
一番衝撃的な真横に倒れた7階建てのビルの下敷きにされたご主人のインタビュー。
5人家族でお正月を祝ってたら、家が一瞬で押しつぶされ、長男次男は引っ張り出しましたが、奥さんは一瞬手を振った後に亡くなり、娘さんは直後は生きていたのに、救助が間に合わず亡くなりと。
酷すぎる状況に、お父さんが絶叫してましたが、多分、能登半島の奥でまだ気付かれてない同じかそれ以上の悲劇が本当に無数に生まれてるはずなんですよ。
1300年前から伝統のあった輪島の朝市・・・凄い良かったとのことですが、津波と火災のダブルパンチでおそらく、無数の悲劇とともに完全消失と。
これを見てると、旅好きとしては、いつまでもその景色が存在し続ける保証は無いことと、なるべく多くの場所を巡っておきたいという気持ちが高まっていました。